rch850 の上澄み

技術的な話題とか、雑談とか。タイトルを上澄みに変えました @ 2020/09/02

Kosenglish #kosen

「英語ができる高専生」

「英語ができない高専生」

両者の溝は深い。高専生だし、英語できなくていいよね?っていうアトモスフィアは強い。

僕は前者でありたいと思っている。なぜそうなったかというと、高専専攻科時代の恵まれていた環境によるところが大きい。今日は Kosen Advent Calendar という場を借りて、その時の経験について語ろうと思う。

低学年でホームステイできる高専が多いというのはよく聞いている。大体オーストラリアに1週間なり2週間なりホームステイするタイプだ。

茨城高専には、もうひとつの海外チャンスとして、フランスの INSA de Rouen、通称ルーアンへの短期留学があった。専攻科1年の春休みに、2週間フランスに滞在し、ホームステイではなく、向こうの学生が住んでる寮に暮らし、向こうの学生と共に暮らすというタイプだった。

これといって春休みにすることが無かったし、海外に対するぼんやりとしたあこがれがあった僕は、短期留学に応募することにした。旅費や宿泊費も学校が出してくれるし、良いチャンスだと思った。

短期留学に参加するには、校内選考をパスする必要がある。校内選考は、英語教員や専攻科長を含めた英語オンリーの面接だ。いざ面接となって、僕はパニックに陥った。

「すみません、日本語を使っていいですか?」

たったこれだけの文章を、英語で表現することができなかった。冷静になってみれば、

"Execuse me, can I use Japanese?"

という中学生レベルの英語なのに。ここで僕は自分の英語力にがっかりした。ここでの挫折が、その後の頑張りにつながったと思う。

しどろもどりになりながらも、なんとか校内選考をパスすることができた。これから行くんだ!ということで、一緒にフランスに行く2人と、付け焼き刃で勉強した。駅前留学にも通ったりした。そこでなんとなく自信がついてきた。

そしてフランスへ。シャルル・ド・ゴール空港に着いた僕達を待っていたのは、英語が全くできないタクシー運転手だった。カルチャーショックだった。これはまずい、と思って、ルーアンへ向かうタクシーの中では、フランス語の数字を暗記することに精一杯だった。「アン、ドゥー、トロワ……」これが言えないと生きていけないと思った。お陰でいまでも「私は31歳です」みたいなフランス語はしゃべれる。スペルはしらないけど。じぇとろわんてあんのん、かな?

ルーアンについたら、英語ができる先生がいて、なんとかコミュニケーションがとれた。向こうの学生についても、フランスなまりはあるものの、基本的に英語をしゃべることはできた。ここで英語を学びたい人におすすめの勉強法。

オウム返しする

これで相当英語を身につけることができた。向こうの学生がインディードインディードいうから、どういう意味なんだろう?って調べたら、日本語で言う「確かに」みたいな意味だった。それ以降、僕はインディードを多用するようになった。あとはパーハップス(もしかしたら)で文章を始めるとか、ソードゥーアイ(私もです)とか。

学生たちとは英語でコミュニケーションをとれるからまだよかった。問題は街に出たとき。スーパーのおばちゃんは全く英語ができない。そんな状況でおつりを「アンヌロソワソン」とか言われるもんだから、全くわからない。

頼むから英語ぐらい通じてくれ

これが、その後英語をやるモチベーションになった。一度この辛さを味わうと、考えが変わると思う。

だいぶ長くなってきたので締めると(現在酔ってます)、茨城高専でこういう機会があったのは恵まれていた。聞いている範囲では、短期留学の制度がある高専は無い。特異な例として、豊田高専の海外留学はあるけど。もしこういう機会があるなら、活かさないのはもったいない。社会人になって海外に行くのはいろいろ大変。行けるうちに行っておこう。

なぜ行くのか。それは視野が広がるから。これについては、僕の言葉ではうまく説明できません。ぜひ体験してほしい。コミュニケーションを取れる相手が増える。これは、いくら技術を磨いたところで、なかなか成し得ない。

「英語ができる高専生」というのは、本質ではない。コミュニケーションを取れる相手を増やそう。これが、僕が英語をやりたいと思ったきっかけであり、目的です。

大人向けの余談: 酒が入ればなんとかなります。専攻科での短期留学だったので、向こうではノミュニケーションでした。